Wednesday, December 28, 2011

「死の灰」データ 文書発見

一九五四(昭和二十九)年三月一日に米国が南太平洋のビキニ環礁で行った初の水爆実験で被災した第五福竜丸の「死の灰」のデータを伝える日本人科学者の文書が、英物理学者ジョセフ・ロートブラット氏の遺品から見つかった。 文書によると、西脇氏は第五福竜丸に降り注いだ「死の灰」の放射性物質を採取して分析。 ロートブラット氏は水爆の実態を哲学者バートランド・ラッセルに伝達。 <ビキニ水爆実験> 米国が南太平洋・マーシャル諸島のビキニ環礁で1954年3月1日に行った核実験。原水爆禁止運動や、ラッセル=アインシュタイン宣言など核廃絶運動のきっかけとなった。 西脇 安(にしわき・やすし)氏 1917年、大阪市出身。放射線生物物理学が専門で、大阪市立大助教授当時、第五福竜丸を調査した。享年94。 ジョセフ・ロートブラット氏 1908年、ポーランド出身の英物理学者。95年、ノーベル平和賞受賞。(東京)

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