4月にオープンした富山県立イタイイタイ病資料館(富山市)で6日、公害病の歴史や教訓を後世に正しく伝えようと、水俣病や新潟水俣病などの「語り部」が参加した伝承会が開かれた。
会には地元市民ら約90人が出席。「新潟水俣病被害者の会」会長の小武節子さん(75)は講演で「何の疑いもなく魚を食べたが、あれが悲劇の始まりだとは夢にも思わなかった」と当時を振り返った。
熊本県の水俣市立水俣病資料館で語り部を務める緒方正実さん(54)は「根強い差別や偏見があり、いまだに話をできない人が多いので語り部の存在は特別だ」と強調。歴代の環境大臣と直接対談し、問題への関心を持つよう働き掛けてきた取り組みなどを話した。
意見交換会では、語り部の人材不足が指摘され、出張講演などの対策について協議。県立イタイイタイ病資料館の鏡森定信館長は、1960年代にぜんそく患者などが集団発生した三重県の四日市公害に触れ「来年以降は四日市市も交えて交流を続けたい」と述べた。
イタイイタイ病をめぐっては、33年間に及んだ神通川流域のカドミウムによる汚染土壌の復元工事が3月に完了した。(山陽)
0 Comments:
Post a Comment
<< Home