長崎原爆で被爆し、被爆者健康手帳の交付を申請するオーストラリア人のアラン・チックさん=19日、豪南部ビクトリア州(在外被爆者支援連絡会提供)
第2次大戦中に旧日本軍の捕虜として長崎市で収容され、長崎原爆で被爆したオーストラリア人男性が、現地の日本総領事館を通じて被爆者健康手帳の交付を申請することが24日、分かった。長崎市の市民団体「在外被爆者支援連絡会」が明らかにした。
市によると、これまで元捕虜10人に手帳を交付。直近では2009年にオランダ人男性が在外公館を通して申請し、手帳を取得した。
今回申請するのは豪南部ビクトリア州に住むアラン・チックさん(93)。面会した同会の阪口博子さん(63)によると、チックさんは東南アジアで捕虜となり、1944年、長崎市にあった福岡捕虜収容所第14分所に移送され、翌年8月9日、同収容所内で被爆した。
今年3月、生存者がいるとの情報が現地からあり同会が調査。4月17日から阪口さんらが訪問し手続きを説明した。
制度の説明を受けたチックさんは「良いことだ。ぜひ申請したい」と話したという。阪口さんは「捕虜と原爆という二重の苦しみを受けた人を援護につなげたことは大きな意義がある」と強調した。
連絡会によると、同収容所で被爆した豪元捕虜は24人。同会の平野伸人共同代表(66)は「豪元捕虜の被爆者としては最後の生存者だろう」と述べた。(山陽)
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